たまに思い出すこと
宇佐美先生という英語の先生がいた。
色が白くて、細くて、いつもスーツ。
几帳面なメガネをかけている品のあるおじさん先生。
見た目と違わずきっちりと授業を進めるタイプで、授業のひとつの楽しみである駄話などは全っ然しない。親しみやすいキャラクターではないんだけど、教え方のうまさとその物腰の柔らかさで人気があった。
いつも起立礼で即授業。
ずっと立って板書をし続けるスタイル。
その日もいつもと変わらず始まった。
なんだけど、授業の中盤で板書をやめストンと教卓の椅子に座った。
確かにキリがいいところではあったから
残りの時間は珍しく自習なのかなとか
風邪でもひいているのかな、なんて思っていた。
みんな「?」な顔していたのは
けっこうはっきりと覚えてる。
---------------
今日は授業は終わりです。キリもいいですし。なのでこの時間だけは特別に先生をやめて話をしますね。受験も卒業も近いですし、ね。
みなさんはこの3年間とてもよく頑張りましたね。テストの点は人によるのでともかく(笑)でもみんな真面目に取り組んでいたと思います。えらい。先生から見ても優秀だなと思います。
そして私が言うよりも前からみなさんは優秀だ優秀だと言われ続けてきたのではないしょうか。そして、それと同じだけ早くから期待を背負ってきたのではと思います。
小学校のときはいい点数を、
中学校に入学したらいい高校に、
高校に入学したらいい大学に、
人によっては厳しく
人によっては無言で
あれよあれよと生み出される
この期待を受け止めてきたでしょう。
そしてそれを疑うことなく
ひたむきに頑張ってきた人が大半ではないでしょうか。
先生も先生という立場上
みなさんにはよりよい大学へと指導してきました。
みなさんの多くは
いい大学に入ったらいい就職先に、
と期待される人も多いのではと思います。
でも、これはいつまで続くのでしょうか。
いい就職先に入ったらいい役職に?
そうなる場合もあります。
しかし、いずれにせよ先生はいつか終わりがくるんじゃないかなと思います。
周りからの期待や自然と設定されていた目標がなくなってしまってしまう人、なんのためにやってるんだろうだったりなにがやりたいんだろうとおもう人。
どこかで立ち止まる時がくると思います。
そして君たちにとって
それは大きな不安になると思います。
答えがあるものではないので。
でもそのときはどうか安心して
立ち止まってください。
立ち止まることを恐れないでください。
それはみなさんの人生にとって、とても必要な時間です。
じっくり立ち止まって、また歩き始めればいいのです。人生はみなさんが思うよりは長いし、世界はみなさんが思うよりは広いです。
もちろん与えられた期待や目標に努力したことは無駄になりません。でもだからこそというわけでもないですが、少々立ち止まったって大丈夫です。
この話は授業に関係ないので、宇佐美が変なこと言ってるなと流してくれて構いません。
頭の片隅に置いておいてもらえるのであれば、そのときがきたらちょっと思い出してもらえればと思います。
では、来週からは通常の授業に戻ります。
---------------
特別熱くなるわけでもなく。
話し終えたところでチャイムがなった。
あっさりと先生は出て行った。
もちろん次の授業からは元どおり。
卒業式でもそんな話をすることはなかった。
まるでそんな話はなかったかのように。
夢だったっけと思うぐらいの20分。
今でもたまに思い出す。
大人になってからもなお噛みしめる。
先生、元気だといいな。